キッズコンサートへの思い

3月11日、突然の揺れとともにお台場方面や横浜方面から黒い煙が立ち上り、空は暗黒の雲に覆われていた。
身震いをするような光景に言葉を失う。何かとんでもないことがおこっているのでは。
インターネットのニュースを見ると、どこかの港で沢山の車が渦を巻くように流れていた。映画の撮影かと思い、人がそこにいるわけないと自分自身に言い聞かせていた。
そして時間が過ぎるにつれ、現在生きている日本人が経験したこともない大惨事が次々と明るみになってきた。
東日本大震災、原発の放射能漏れ。
多くの日本人が言葉を失い、そして自分たちに出来ることは何かを自問自答する日々が始まった。
私も直ぐに被災地に行って何かしたいという思いにかられ、社会福祉協議会に連絡をとってみた。しかし今はボランティアを受け入れる状況ではないとの見解。
この時点で被災地に行って役に立つのは十分な装備を持っている自衛隊だけだ。自分の非力さを思い知らされる。

毎日増え続ける死者の数、原発事故の状況も刻一刻と悪化をたどる。
そして頻発する余震。

この時、被災地には行けないけど、何か私に出来ることはないかと思案していた時、
ただでさえ大変な子育てに持ってきて、放射能や余震、食べ物でとても心配を抱えている両親や、小さい子供たちの役に立てないだろうかと考える。

この思いを知り合いのヴァイオリニストに方にしたら、”子供たちに音楽をプレゼントして元気になってもらおう”という話になった。
早速マンションの共有施設を借りて小さい演奏会を開く。その時10名前後の小さなお子さんと父母の方が参加された。

演奏会が終わった時の皆さんの表情をみてやって良かったなと実感した。
そしてとても喜ばれ、是非次回も開催して欲しいという言葉に励まされ、以後ほぼ毎月開催して来た。
7回目からは参加費を皆さんから頂き、その金額を「被災地にピアノをとどける会」に寄付させて頂いた。
津波でピアノを流された保育園、幼稚園、小学校などにピアノが届けられ、そして子供たちの明るい歌声が戻る活動に少しでも役に立てればとの思いだ。

ここまでキッズコンサートを続けて来れたのは、趣旨に賛同し惜しみない協力をして頂いた演奏者の方、そして毎回参加してくれた子供たちや父母の皆さんのお陰と思っている。改めてお礼を申し上げたい。
私にとってもとてもやり甲斐のある、貴重な体験となった。

震災から9ヶ月、まだまだ復興の途上だが、避難所はなくなり、原発事故も一時の緊張は過ぎ去り、余震もめっきり少なくなった12月、
キッズコンサートもその目的を次のステップに切り替える時期に来たものと思う。

引き続きコンサート企画を通して、子供たちに生の音楽を届け、そして微力ながら被災地への貢献も出来ればと考えている。

2011年12月10日 おだふさひで

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